2008年12月26日 (金)

千葉に土地が決まるまで

イナカ探し 私の流儀 9

「家つき物件」か「更地に家を建てるか」(番外)

どうして売主は自分の土地、家を売るとき、買い手が購買意欲をわかせるようにしないのだろうか。
確かに日本では中古住宅、それも20年を超えた家は資産価値がまったく無いとして、つぶして建て直す。その事情は都市でも農村でも同じである。

それにしても住もうとおもえばまだまだ住める家が多い。しかしその内部があまりに惨めでは、だれも購買意欲がわかせられないだろう。

家が古くなれば水周りがまず痛んでくる。売り出す前にシステムキッチンに入れ替える。フロも新しくする。そうすればすぐにでも住めるようになる。見栄えは格段によくなる。しかし、不動産屋は売主に補修はすすめない。

「100万かけて、リフォームしても100万高く売れるわけではない」

そのとおりだろう。
買主のほうだって、フォームはいらない。金をかけたリフォームが気にいらなければもう一度やりなおさなければならないのだから。

しかし、売主の家具、食器、寝具、衣類、仏壇、遺影、その他のガラクタは全部処分してほしい。つまり生活臭をなくしてから売り出してほしいのだ。その処分費用くらいは売主の事前の投資としてケチらないでいただきたい。

家具、什器、備品をすべて取り去る。
取り去ることができないのは柱、壁、床。どれも傷つき古びている。それはやむをえない。中古住宅として当然である。

残るのはガランとした空間。何もないただの空間。これに見込み客が、前人のではない、自分の住まいをイメージできるか、どうか。
これが中古住宅販売の決め手である。

今回はちょっと余談になった。話をもどす。

中古物件でさがしていると、不動産屋さんから「近くに、いい土地がでていますから」ということで、土地だけの物件を案内される。成り行き上、見ることになる。

いくつもの古家を見るうちに、「イナカ探し」を中古住宅に絞って探すのはちょっとむずかしい、と思いはじめた。

土地を求めて、ゆっくり家を建てる。すぐに田舎暮らしをしなくてもいいではないか。今は東京に仕事もあるし、ゆっくり、ゆっくりでいいではないか、と思い始めたので、「土地のみ」も選択肢にいれるようになった。

と、いうより、理想の土地に理想に近い家が建てられるかも、という夢にだんだんとりつかれるようになった。

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強風はエノキの葉を落としただけではない。
真下の舗装道路になにやらちいさな木の実が・・・。

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見上げるとエノキの実であることがわかる。

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2008年12月24日 (水)

千葉に土地が決まるまで

イナカ探し 私の流儀 8

「家つき物件」か「更地に家を建てるか」(続)

イナカの中古格安住宅。私は「掘り出し物」情報を見つけると何度か勇んで見に行った。
そのなかでいくつかの実際に遭遇した物件。

もう何年も人が住んでないと見えて、家の周囲は草はぼうぼう。入り口だけは確保してあるが、草が高くて周囲がどういう状態だかわからない。北側の排水がうまくいっていないので、びしょびしょ。中も暗くてほとんどわからない、幽霊屋敷状態。

目が慣れてくるともう何十年も前のカレンダーのアイドルがこちらに笑いかけてくる。

たたみは湿気を吸って、じっとり。ところどころ床がズブと下がる。
廊下を曲がると長いヒモのようなものがゆるりと動いた。
ヘビ。
顔面が蒼白になる。もうすっかりこの家の主となっているのだ。
雨戸を開けたくもガタピシするだけでとうてい開こうとしない。

「家はほとんど評価の対象ではない。土地のよさを見てくれ」と不動産屋はいうが、建て直すとしたら最初から大きな荷物を背負うようなものだ。

また別の物件。

所帯道具がそのまんま。台所には茶碗、箸、おわん、皿、ナベ、フライパンがぎっしり棚につまっている。和室の破れた襖の置くには、せんべい布団がつまっているのが見える。

茶の間にはなんと、額にはいった遺影が4つもあるではないか。当家の主が今、ちょっと外に出て、帰ってこない、そんな感じ。
たぶん高齢の老人が一人で住んでいて、亡くなり、遺族が“めんどうだ”とばかり、そのまんまの姿で不動産屋にまかせきったのだろう。

現状有姿。
セールスシートに書いてあること、セールスマンの説明、それよりも優先するのが、現状あるがままの姿。それで取引する。

土地や建物についての取引の前提である。つまり、使い古した食器や、誰とも知れない、しかし粗末にはあつかえない遺影とともに、土地と建物を買うことになるのだ。

いくら格安物件だからといって買うほうにしてみれば、何百万もの出費をするのである。あまりにも生々しい生活の全容を見せられたのでは、先に進む気にはなれない。なにか見てはいけないものを覗いてしまったような気がして、こそこそと立ち去るしかない。

格安物件にはこういう家が多い。

もちろん、イナカ暮らしをはじめるにあたって、かなりのことを覚悟しているつもりだ。
中古物件である以上、かつての住み手の残滓が消せないのは、覚悟の上である。
古物の処分を自らの手でやることもやろうとおもえば、できるし、専門の業者を探して依頼することも知っている。そうすれば、掘り出し物になる可能性があることも知っている。

それにしても、あまりにひどい売出し方である。

教訓
アナタが若くてエネルギーに満ち溢れているなら、掘り出し物中古物件も面白いかもしれない。でも一般的には「格安中古物件」はパスしたほうが賢明である。掘り出し物なんて世の中にないのだ。

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落葉寸前のエノキ。11月30日。

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12月12日。落葉しきったエノキ。

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2008年12月22日 (月)

千葉に土地が決まるまで

イナカ探し 私の流儀 7

●イナカ探し 私の流儀 6 以下は、「カテゴリー」の「千葉に土地が決まるまで」に入っています。

「家つき物件」か「更地に家を建てるか」

環境さえイナカらしくて気に入れば、家は二の次、と思った。中古物件でもいいから家付きの物件が欲しい。
最初そう思っていた。土地を買い、家を建てるとなると、どうしても高額になる。虎の子の老後の資金を全部はたくわけにはいかない。

で、不動産屋さんに中古物件を案内してもらった。
ところが中古物件、なかなかいいのがないのだ。

一般に田舎の家は堂々としている。2階建ての母屋、最近立てた家は総瓦葺。母屋に負けない作業小屋。蔵。実に堂々としている。

それにひきかえ、売りに出てくる家は、どうにもみすぼらしいのだ。
忌憚なく言わせてもらえれば、建築当初からココロザシが低い家が多いのだ。建築費がすくない中で建てたのだろうが、それにしても施主も大工も安直なのである。

基礎もちゃんと打ってないようだし、構造材も貧弱、築10年でも、ちょっと傾いているのではないか、という家が多いのである。
手入れも行き届いてない。築後何のメンテナンスもされていないようだ。屋根に壁面に樋に欠陥が出てきている。

多くは田舎暮らしの先輩が建てた物件である。内部は住み散らかしたままで、全面的な補修を必要とする。
そんな家ならいっそのことつぶして建て直したほうがましな家が多い。

「安物件」「掘り出し物」ばかりさがしていたせいもある。やはり値段はダテにはついていないのだ。

いい物件を見せてもらったこともある。予算を上げて3000万以上にすれば、築年数も若い、しっかりした物件がないわけではない。
しかし、様式はほぼきまって純和風。それでよければ、だが、私としてはなにか物足りない。その上、どうしてもリフォームしたいところがいくつかある。となるともっと費用がかかることになる。

仮に、いい家が見つかっても、敷地の広さや環境という田舎物件では大切な条件をみたしているとはかぎらない。
ということで、中古物件さがしは、よほど幸運にめぐまれないとうまくいかない。

もっとも最近では、けっこう感じのいいログハウスが頃合の値段で売りに出始めたので、事情がだいぶちがってきた。ログハウスなら、築年数がたった家でも構造はしっかりしている。1998年ころは、まったくといっていいほどいい物件がなかったのだ。

それならばいっそのこと、めっぽう古い、築年数不詳の古民家はどうか。古民家再生ならやってみたい。是非やってみたい。夢だ。それもいろいろ見た。千葉では見つからなかった。茨城で契約寸前までいったことがある。結局だめだった。それについてはあとで書く。

中古物件でさがしていると、不動産屋さんから「ついでに、すぐ近くにいい物件がでていますから」ということで、土地だけの物件もみせられる。
最初は気乗り薄であった。
(この項つづく)

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寒い朝、ガラリ戸を開けると、戸に張りついていたテントウムシがぞろぞろとガラス戸をつたって移動しはじめた。暖かいところを求めて、集団で冬越しをしようとしたのだ。

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2008年11月27日 (木)

千葉に土地が決まるまで

イナカ探し 私の流儀 6

不動産屋さんのつぶやき(承前)

この不動産屋さんは話好きである。
「不動産屋はね、かつて千三つ屋といわれたんだ。千に三つ当たりががあれば、それでよしとする。そんな商売ってこと。バブルの時代はよかった。千三つどころではなかった。そこそこのモノさえ出てくれば、すぐ売れた。いい時代だった。なにしろ物件を見もしないで買っていく客があった。それを半年寝かせて置くと高値になって売れた。

皆、浮き足立ったね。不動産屋は紹介だけをやってたんでは、たいした儲けにはならない。『買ってしまえ』と、皆んな買いに走った。銀行も金を貸してくれた。自社物件ならいくらにしても売れる。お客さんも手数料を払わなくても済む。(本当はそれ以上に高くなっているのだけれどね)

ところがバブルがはじけた。誰も信じられない事態、土地が値下がりしだしたのだ。もう誰も土地を買わない。で、抱えきれなくなってずいぶん不動産屋が倒産した。
不動産を高値のとき売った人は儲かったが、ほとんどの人がその金を元手に、その上に借金して、もっと大きな土地投資をした。それでコケてしまった。

土地投資をしなかった人は税金をたっぷりかけられ国庫にはいった。儲けたのは国か。しかし未曾有の金融危機。国は金融機関の救済に財布をはたかねばならなくなった。
というわけで不動産屋も堅実にならざるを得ない。千人のお客に物件をみせる。そのうちの3人が手を挙げる。そんな商売ってことよ。気に入らなければ遠慮なく言ってくれ。」

「不動産に掘り出し物はない」
「土地には必ず欠点がある。それに片目がつぶれるか」
この教訓は、のちの物件さがしのいいヒントになった。

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11月になってようやくフェンネルの花が咲いた。結実すればハーブ茶になるのだが。このごろ寒い。

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2008年11月26日 (水)

千葉に土地が決まるまで

イナカ探し 私の流儀 5

ある不動産屋さんのつぶやき

「お客さん、掘り出し物なんてないよ」

いくつもの不動産屋さんにお願いして物件をみせてもらう。不動産屋さんにもいろいろのタイプがある。その不動産屋さんはあまりセールスに熱心でなかった。やる気がない、とはっきりわかる人だった。
どうやら私が掘り出し物をさがしている、と見抜いたらしい。

「値段はダテにはついていないよ。広い土地でばかに値段が安い、となれば、急傾斜地で家が建ちにくい、とか、取り付け道路が悪すぎる、水道が来ていない、農業振興地で宅地に転換できにくい、とか。それらの条件をクリアしている物件ならそれなりの値段はするよ。バブルはじけて不動産の動かない時代でも、じっと待っていればいつかお客はつくもの。」
「掘り出し物なんて、お客さん、ないよ。もしあれば不動産屋が買ってそこそこの値段にしてしまうものだよ。」

「それはとにかく、まあ土地を見てくれ。欠点は必ずある。でもそれを気にしない、かまわない、というお客が必ずある。ワシはそうと信じて案内している。」
と、ほとんどセールストークを述べないのだ。

確かにその時案内された土地には明らかな欠点がある。南が開けていないのだ。東と西は田なので大きく開けているのだが、何面が急なのぼり傾斜で、タケの高い木やタケが生い茂っている。そこは隣地だから伐るわけにはいかない。敷地は広い。家を北に下がって建てなければならないが、それでも日照は期待できない。坪数は500坪と広いし、道路との接続もいい。静かな田園の環境である。

さて、どうする。と言うより、どう断る。

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八重のサザンカ。いくつか植えた苗木のなかで一番うまくいっているもの。

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千葉に土地が決まるまで

イナカ探し 私の流儀 4

物件探し必携品 4つ

興味ある物件にであう。不動産屋さんとコンタクトをとってセールスシートをFAXしてもらう。見学のアポをとる。

見学時に用意するもの
1 コンパス(方位磁石)
2 カーナビ
3 カメラ
4 巻尺

待ち合わせはたいがい不動産屋さんの店で、ということになる。そこに自分の車を駐車させて、不動産屋さんの車に乗せてもらい、現地に向かう、というのが普通である。
本当は詳細地図をもらって不動産屋の案内なしにセールスシートだけで現地に行きたいのだが、田舎物件はその所在がわかりにくいので案内を請わなければならないのだ。

私は不動産屋さんの車に同乗していくのを断って自車でついていくようにした。
それには理由がある。
自分で運転をしてついていくと、現地までの道路状況がよくわかるのである。
現地に着いたらまずすることがある。
それは自車のカーナビに「地点登録」。
カーナビに地点登録をしておくのは、再度現地を見に行きたくなったとき、不動産屋さんを煩わせずに、現地調査をするためである。
(10年前私の車にカーナビはついていなかった。だから道を必死に覚えようとした。必死になると一度走っただけでも案外記憶できるものである。そんなわけで道中不動産屋さんとのんびり雑談などしていられない)

もし興味のある物件だったら、日を改めてゆつくり物件を見にいく。

現地を見学するとき、不動産屋さんのくれる、セールスシートとの違いをチェックする。そのためにコンパス(方位磁石)が必要なのだ。セールスシートと少し方位がちがっていることが多いからだ。どう違っているかというと、多くの場合方位が土地に対して少し南に向いているのだ。

土地であったら家が建てられそうな場所の距離を巻尺で計る。とりつけ道路の道幅も計る。

購入を決定する前に、天気の違う日、時間を変えて、最低でも3度か4度行ってみることが重要である。
田舎物件はどんな掘り出し物といえども、すぐに売れてしまうケースはごくまれなのだから、物件を検討するのに安心して日にちをかけられる。

カメラはもちろん記録用。その物件のいいところ、目につく欠点を撮っておく。たくさん物件を見ると記憶が薄れてしまうから。

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薪材が届いた。これを電気ノコで裁断し、一冬の暖とする。ただし生木はよく燃えない。
来年用である。

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2008年11月 6日 (木)

千葉に土地がきまるまで

イナカ探し 私の流儀 3

物件は最低10件見る

田舎物件を探すに当たって決心していたことは、どんなに気に入った物件があっても、「最低10件は見てから決める」、ということであった。「田舎暮らしの本」に出ている物件情報は、当時は白黒写真であった。それがかえってイメージをふくらませてくれる。どれも理想的な田舎暮らしができそうな夢をえがかせてくれる。

実は簡単に見つかると思っていた。なにしろ都会と比べて田舎物件は安いのだ。坪単価1~2万円からで土地が手に入る。都会の10分の1以下である。

かつて都会で終の棲家をさがしていた時期もあった。戸建て住宅はとうてい無理であった。やはりマンションかコーポラティブハウスはどうかと尋ね歩いた。10年前だから、そのときすでにバブルがはじけていた。7000万から億ションでないといい物件はみつからないという時代ではなかったが、それでも環境や広さを考慮すると5000万はした。

それから比較すると田舎物件は比較にならないほど安い。土地が最低でも100坪台、200坪、300坪という物件も少なからずある。

すぐに決めたい、という物件もあったが、最初の決心「10件以上見てから決める」を崩さずに、いくつもの物件を見ていくうちに、簡単に見つかると思ったのは大間違いであったことに気づいた。

よく雑誌などで読者の田舎暮らしの体験談を読むと、最初に出会った物件にぱっとひらめいて買った、という話がでている。それはそれでいいのかもしれないが、私はあくまでも「スローハウジング」でいきたいと、思った。

田舎物件は、都会と比較すれば確かに安いが、何件もの物件を見ていくと、目がこえてくるというのか、田舎物件の価格の基準が頭のなかにできあがってきて、そのなかでも掘り出し物はないか、お買い得はないか、と探すようになる。そうなると、なかなか簡単には物件はみつからないのだ。

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車の中からフロントグラスを撮った写真。なにやら小動物の足跡がくっきり。
前夜、家のごく近くまでエサをあさりにきたタヌキらしい。

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2008年11月 4日 (火)

千葉に土地が決まるまで

「千葉に土地が決まるまで」のカテゴリーは07年9月に4回ほど書いて一休みしています。どんなキッカケで今のこの土地にきめたのかについて、書き出したところで止まっています。
これを復活させています。その辺を読みたい方は、「千葉の土地に決まるまで」のカテゴリーを開き、一番下から読んでください。

イナカ探し 私の流儀 2

「情報源は多いほど良い。そして、好みの情報源(MY TASTE)を決めてそこを掘る」

イナカ探しの最初の段階では、漠然と房総半島をめぐっていた。1998年、今からちょうど10年前のことである。千葉の友人から情報をもらうと、休日に車を走らせた。街道沿いにある不動産屋にも立ち寄った。

もっと情報が欲しくなり、

田舎暮らしの本 http://tkj.jp/inaka/
ふるさと情報館 http://www.furusato-net.co.jp/
イナカ暮らし友の会

の3誌を定期購読した。このうち「田舎暮らし友の会」は最近ネットでの検索したのだが、見つからなかった。

当時もインターネットにアクセスした。今ほどではないが多くの不動産情報がヒットした。
しかし、情報量、情報の質の点では、まだ紙媒体にかなわなかった。とくに「田舎暮らしの本」にはわたし好みの物件が多く乗るので、発売日前日からそわそわし、本屋に並ぶのを待ちかねて購入、目を皿のようにして千葉・房総のページを見つめた。

今ならインターネットを中心に探しただろう。物件の情報量が多い。写真も当然カラーだし。しかし、私には、あまりにリアルに物件が紹介されてしまっているので、想像力が膨らまない。

また写真でかなりの様子はわかるが、実際には行ってみないとわからないことが多い。実地に行くことが大切なのは不動産探しの鉄則であることは、それは10年前も今も少しも変らない。

ネットの情報の信憑性の問題もある。ネットはあくまでも情報の入り口。とにかく現地の不動産屋さんに行くこと、物件を見ること。それが第1歩である。

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約10年前のふるさと情報館発行の「ふるさとネットワーク」
今も表紙はかわっていない。

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千葉の紅葉。11月現在はまだここまで紅葉していない。種をあかせば昨年12月に撮った写真。12月でも千葉の紅葉はこの程度。

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2008年11月 1日 (土)

千葉に土地が決まるまで

「千葉に土地が決まるまで」のカテゴリーは07年9月~11月まで4回ほど書いて一休みしています。どんなキッカケで今のこの土地にきめたのか、この土地の概要について、書き出したところで止まっています。
これを復活させます。その辺を読みたい方は、「千葉の土地に決まるまで」のカテゴリーを開き、一番下から読んでください。

イナカ探し 私の流儀 1


「貸家」か「家と土地の購入」か

田舎暮らしを始めるにあたって、助走期間をもうけたい。自分の決心は固いにしても家族の同意なしにことはうまく運ばないのだから、ためしに貸家から田舎暮らしはじめたい、というプランは誰しもが考える。

私も初めは貸家を探した。しかし都会とちがって田舎には貸家がほとんどなかった。最近では地方自治体が過疎対策の一環として都会からの移住者を受け入れるために、貸家の開拓をしているところもでてきた。しかし、その多くは大都会からかなり遠距離のところである。

わたしのようにトカイとの往復を頻繁にするつもりの人間にとっては、アクセスの時間、距離が重要なチェックポイントであるので、遠隔地というわけにはいかない。そうなると貸家物件は非常に少ないのだ。少ない物件のなかでは、自分の夢を実現できそうな物件には出会えそうにない。

また運よく見つかって古家を借りたとする。自分流に改造したい。しかし、改造するとなるとかなりの手間ヒマ、お金がかかる。自分の家でないものに手をいれても、いずれいつか出て行くとなると無駄になってしまう。

田舎暮らしを始める年齢にもよるが、60歳に近くなってまた引越しとなるとたいへんだ。住むなら「ついの棲家」としたい。

そんなわけで私はそうそうに貸家を探すのはあきらめた。
この選択は私だけのものであり、粘り強く貸家物件を探す選択肢もあると思う。とくに若くからトカイナカを志向する人は。

貸家物件が、都会から近い自然や豊かな地域にもっと出てくればいいと思うのだが。

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隣町の休耕田に一面のコスモス

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2007年11月 7日 (水)

千葉に土地がきまるまで 3

承前。

キャンプサイトに訪問者があって、この土地のヒミツが明らかになった。

信じられないことだが、ここは元田んぼ。二段の棚田だったのだ。

ある時期まで稲作が行われていたのだ。

下の民家から山道を登る。800メートルほど。車なら簡単な距離だが農作業の器具を運んでの歩きとなると結構たいへんだ。

水は?

天水、だそうだ。雨が降れば水田になる。

水は天からもらい水。

ひでりの夏は?

収量ゼロ。

戦後の食糧難の時代まで稲作はこころみられていたが、いかにも効率が悪い。やがて放置された。

雑草がはえ、それが樹木にかわるのに、さして時間はかからなかった。

一時水仙畑として活用が図られたが、それも放置され、背後の山と同様な自然林となった。しかし、地形はかわらない。人手で何年もかけてつくられた、粘土層の水を蓄えられる水平な2段の土地。この地形は何が繁茂してもかわらない。

表層は粘土。そう、このへんはもともとつよい粘土層。

これが家を建てるときさまざまな影響をきたすことになるとは、そのときは知るよしもなかった。

200年5月。この時ここにどんな家を建てようか、構想はまったく固まっていない。

そもそもなぜ千葉に土地を求めたのか。地縁も人縁もないのに。

田舎暮らしをしたいとおもったのは、何故か。

どんな土地をさがしたのか。

そこらあたりから書いていきたい。

それには時間を2000年から3年ほど巻き戻さねばならない。

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千葉に土地が決まるまで2 この土地のナゾ

この土地には不可解なナゾがあった。2段のひな段地であることは、最初からわかっていた。しかし、雑草を刈上げ、倒れていた樹木をはらってみると、1段目、2段目かそれぞれまっ平らなのである。こんな山地でまっ平な土地などあるはずがない。

そのナゾは簡単に解けた。

それは、土地を購入した2000年の5月の中ごろ、私は友人をさそってキャンプをしたことからである。

自分の土地にキャンプをしたのである。

こんな里山にキャンプを、テントを張る人はめずらしかろうが、なんの遠慮のあるものか。

自分の土地だもの。それにキャンプ地の条件は十分満たしている。

●テントを張る平らな土地

●飲料水

●トイレ

これがキャンプの3条件だ。

水道はすでに設置されている。

トイレは敷地内に穴を掘り、それ用の小型テントを上に乗せた。あとは食料、寝袋、コンロでキャンプができる。

家が建つ前に何回もこうしたテント生活をしてみると、自然の状況がよくわかる。寒いとき、雨の日、風の日などコンディションの悪いときにテントを設営してみると、環境がよくわかる。

それに、なによりお仕着せのキャンプ場にないわくわく感がある。

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テントを設営していると、二人の訪問者があった。たまたま近くの竹林にタケを切りにきたというオジさんであった。

ひとりはこの土地の地主であったという。

すなわちこの土地の売主と偶然出会ったわけだ。

私はいい機会だと思い、夜の宴会に招待した。

夜、ホワイトガソリンのランプに照らされたキャンプサイトに、2人が現れた。手土産持参で。すぐに酒になった。

「この土地はいいぞ、日当たりはいいし、前に桜の大木があって、毎年このイゴの木の下で花見をするんだ」(イゴの木は土地のひとの呼び方で、のちに調べてみたらエノキであったが)

「うしろに山を背負っているが、この山は決してくずれることはないぞ、安心して家が建てられるぞ。」

酒がだんだん入ってくると、元地主の本音がでてきた。

「ほんとは売りたくなかったんだ。」

「スイセンの玉(球根)を取り出してから売りたかった。まあ、このスイセンもつけてやるから大事にしろ。」

「もっと前にお前さんと知り合っていたら、うまくいったのにな。」

不動産やを介さなければお互いにメリットがあった、といいたいのだ。でもそうはいかない。

売主としては、見ず知らずの都会人と直接取引はできないし、買主である当方としても、ある程度信用のおける仲介業者がいなければ土地を購入することはできないのだから仕方ないことなのだ。

もちろんそんなことはわかった上でぼやいてみせているわけだ。

「この土地でへんなことはしないでくれ、元地主としてみなから責められる」

そういうことはあるだろう。都会人が押しかけてきて勝手なことをする。平和でおだやかに暮らしていたのに急にさわがしくなる。それを嫌うのはよくわかる。

心しておかなければならない。

ちょっと長くなった。以後次回。

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2007年11月 6日 (火)

あけび

自宅から半径80メートル以内の自然を紹介していますが、今回はちょっとはみだしています。といっても500メートルくらい。

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家の西側から登るハイキングコースの途中に鉄塔があり、その付近が少し開けていて日当たりがよく、つたが生えている。そのなかにアケビのつたもあり、毎年実がなる。そろそろだろうと狙いをつけていくと野生のサルに先をこされてしまうのが毎年のことだったが、今年は山の実りがよかったせいかまだきていなかった。まとまった収穫ははじめて。

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いただく前にちょっとスケッチ。

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2007年9月18日 (火)

トカイナカ 千葉に土地がきまるまで 1

(8月からあたらしいシリーズが始まると予告しながら、もう半月もたってしまいました。申し訳ありません。やはり暑さのせいで。ようやく朝夕涼しくなりましたので約束を履行します。)

さて、2000年のことです。この年私は土地を購入する手続きをすませ、長い間のあてのない彷徨からようやく解放された自分を感じていた。
やっとここまでたどり着いた。
もう迷ったりはしない。
あとは簡素な家を建てればいい。
それまではここの自然とともに過ごし、ここの自然を理解しよう。

場所は千葉県安房郡。
富津館山道鋸南富山ランプから県道を2キロほど走り、それから山道。1車線の林道(正確には町道)を1キロほど登ったどん詰まり。
南向きひな壇地。
260坪。
電気見込み。
上水道見込み。
下水道、側溝なし。

という土地である。

なぜこの土地に決めたのか。
たくさんの土地を見て、なお決められなかったのに。

私たちは土地を見に行くときに戒めていることがあった。
その土地のものを、たとえ草花の一輪でも、取ってはならないということ。自然と生えてきた野の花でも人さまのものである。

それが、この土地を見に来たとき、ひょろひょろと生えていた1本のスイセンが小さなツボミをつけていたのを、妻が目ざとく見つけ、摘んだ。めずらしいことであった。よほどスイセンに惹かれたのであろう。私もとがめなかった。
このささやかな行為が、この土地に決定する決め手になったのかもしれない。
大事なことを大きなことを決めるとき、なにかキッカケになることが欲しい。ポンと背中を押してくれるものが欲しい。花を摘んだというささやかな行動が、私の背中を押したのだ。

土地の移転登記をした直後、不動産屋のほうから、土地の草刈をしてくれるという。働き者の植木職人が一日がかりで、枯れススキや土地をびっしり覆っていたツタを刈ってくれた。土地の容貌が次第に明らかになってきた。
おびただしい数の切り倒した樹木が散乱している。
ここは樹木が生い茂り、長い間放置されていたようだ。土地を売り出すにあたって、樹木は切り倒されたが、長い間売れないでいたにちがいない。
バブルの時代といえども、狭小のアクセスの悪い土地では買い手がつかなかったのであろう。

私は久しぶりにスケッチブックをひろげた。今見るといかにも下手な画だが、土地を購入した気持ちの高ぶりがあらわれている。

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遠景に房総半島特有の低い山並み。その森がごく近くにまで迫ってきている。中景に何本かの木が立ち並んでいる。そのすき間がわが土地である。中央に人がいる。植木職人が草を刈っているところだ。

私の最初の仕事は、倒されて放置されたままになっている樹木をかたづけることであった。樹木の多くはスギで直径20センチほど。5メートルほどに切り分けられていたので、大人2人でなんとか移動することができた。運ぶといってもせいぜい敷地のすみに積み上げることくらいであるが。
それに2日を要した。(わたしはできることはなるべく自分たちでやることに決めていた。費用のこともあるが、そうすることで本当に自分たちの土地になっていくような気がしたからである。)

樹木をとりのぞくと青々とした細い茎が現れた。球根がある。タマネギかと思った。まもなくスイセンであることがわかった。それもおびただしい数であった。

スイセンは樹木の覆いをとられるとすぐに成長をはじめ、春には花を咲かせはじめた。
スイセンの球根は樹木や生い茂ったススキやツタ類に繁茂を阻害されながらも生き続けていたのだ。
ここは元スイセン畑。私の買ったのは大量のスイセン球根つきの土地であったのだ。
そして、この土地にはもっとヒミツがかくされていたのだ。それに気づくのは、土地を購入してから数ヶ月あとのことである。

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