2009年1月22日 (木)

600字のエッセイ

冬の散策         

南房総に自分のイナカを決めたのは、四季の散策にふさわしいところと思ったからだ。春、秋は里山、里海の散策。夏は海中散歩?冬は、スキーは無理だが何か山にあるだろう。

その予想は当たった。野辺の道を歩いていると必ず何かの発見がある。日差しを、風を、季節の変化を身体で受け入れることができる。

それなのに今、めったに散歩をしない。

なぜか。イナカでは誰も散歩をしないのだ。人々は散歩などで無聊をなぐさめる必要はないようだ。イナカの生活は誰も結構忙しい。季節の変化に追われての田仕事、畑仕事。なにがしかの現金収入を得る仕事も必要だし、地域の人の付き合いも濃密であるようだ。

誰も散歩をしないので、一人ぶらぶら歩くのは何か様にならない。そればかりか不審な行動と思われかねない。海辺を歩くときは、釣り竿を肩に、畑道を歩くときは大仰な一眼レフカメラと三脚をかついで歩く。目的が明らかならば不審に思われないだろう。でも、それもうそ臭い。面倒だ。

そんなわけでイナカ暮らしを始めた頃は結構散歩したが、今はほとんどしない。わずかばかりの菜園が忙しいし、季節の変化はそこで十分味わうことができる。

冬。誰もこない裏山に入る。落葉樹がすべての葉を落とし、丈高い草も枯れて山は明るくなっている。自由自在に歩きまわれる。別に何をするわけではない。落ち葉を踏み木々の間を歩きまわるだけだが、今この散策にだけ、はまっている。

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こんなところでも冬には入っていけます。

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2009年1月15日 (木)

600字のエッセイ

街歩き        

人通りの多い街を歩く。そのとき、自分の進路に、人が向かってくることがある。相手の進路を推し量ると、このままでは、ぶつかる。

そんなとき、相手が、自分より高齢か、大きな荷物持ちか、子供を抱えているか、それらを一瞬に見て取って、進路を譲るかどうかを決める。逆の場合、即ち当方が優先とみれば、「ごめんなすって」と突きすすむ。

たとえば駅の自動改札機。相手が、ほんの一瞬でも機械に取り付くのが早ければ、譲る。逆なら当方が進み出る。

最近、そういった彼我の関係をいちいち量るのが面倒になった。どっちに優先順位があるかなどと考えずに、すべて譲ってしまえばいいではないか。「すべて譲る」と決めてしまうと、街歩きが楽になった。

しかし、譲ってあげたのに、なんの反応もなく、シャラっと通り抜けていくヤツがいる。ひとこと挨拶位ないのか。軽く会釈するのも面倒なのか。「コラッ」と叫びたくなる。

人間が出来ていないのだ。こんなことで血圧をあげても碌なことはない。そこで、こう思うようにした。「すべて譲る、は結構だけど、どこかで相手の感謝を期待している自分がいる。喜捨する以上、相手の反応など一切期待しないことだ」と。

南アジアでは僧侶に布施しても、僧はニコリともしないで受け取るそうだ。布施する幸せをのみ感ぜよ、とか。
街歩きはけっこう厳しい。

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1月、日足が伸び始めたとはいえ、菜園で作業をしていると、もう夕方。
あわててカメラをかまえたが、自分の影が写ってしまい、、、まあ、いいか

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2008年12月31日 (水)

600字のエッセイ

正月飾り       
 
毎年正月にやってくる親戚が来なくなった。あるキリスト教に入信したので、異教の行事には参加できないのだという。

正月は宗教行事? 国の祝祭日で、国民的な慶祝行事ではあるが、宗教行事という実感がない。調べてみると、正月神というのがいて、1月1日に降臨し、しばし人間と交わり、正月を寿ぐのだという、

どんなお姿をしているのか誰も知らない。だから知名度が低い。正月神のイメージ画像がないかわりに、正月神を迎えるし「しつらえ」は多彩で、地方により変化はあるが様式はほぼ定まっている。

都会では正月飾りは町で購うものである。年末植木屋が町の要所で門松や注連飾りの店を開き、和菓子屋が大量の餅をつき売り出す。最近はスーパーマーケットで間に合わすことが出来る。

田舎ではほとんどすべて自前の調達である。ハレの飾り物だけにふだん見かける風景とちょっと異なる非日常性を演出する。門松。太い孟宗竹をスパッと斜めに切って鮮やかな白い面を見せる。松は奥山から切り出してくる。鏡餅。年に一度の餅つき。餅の白さと重量感でどんと三宝の上に収まる。裏白は単にシダを裏返して飾るだけだがそれでも普段は見かけない非日常性の演出である。

松の内を過ぎれば、餅は鏡開きで腹に収まり、あとは全部どんど焼きで灰にして、畑に帰す、究極のエコロジーである。

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今年の正月かざり。だからネズミ。 来年のはこれから。

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2008年12月30日 (火)

600字のエッセイ

さざんか      
    
11月に訃報を受けた。青木義照氏。郵政省の技官であり、切手デザイン室室長として「奥の細道」「歌舞伎」など多くのデザインを手がけた。「観光地百選山岳部門」の切手では、自ら筆をとった。引退後、現役時代に増して画業に励まれていた。

ご縁は、技官が広報宣伝の仕事に携わっておられ、郵政省提供のテレビ番組を企画されていた折である。当方は代理店の生意気盛りの営業マンであった。よくケンカをした。叱られることも多かったが当方の意見もよく聞いていただいた。官の人に似ず自由で広い視野と大衆感覚を持っておられた。

会議は当社の赤坂オフィスで開くことを好んだ。「本省デスクでは自由に語りあえない。業者を指導している、という態度を示さないとならんのだ」と。会議が終わるとジーンズに着替え、私たちを置き去りにして颯爽と夜の街へ。

お酒の雰囲気も愛していたが、それだけではない。在職中から沢山の絵葉書をいただいている。多くは個展の案内である。きっと夜遅くにアトリエにこもって筆をとっておられたのであろう。でなければ、繊細で緻密な「野菜絵」がたくさん出来るはずがない。

花の絵、野菜の絵、山の風景。それらの絵葉書が、今や私の大切なコレクションになっている。絵葉書ファイルの最後には奥様からの年賀欠礼のご挨拶が収められている。そこには大輪のサザンカがあしらわれている。

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氏の繊細な絵を文章で表現する筆力は到底ないので、写真でその一端を。

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2008年12月29日 (月)

600字のエッセイ

 自然の色 

        
新宿御苑や神田の学士会館の前のプラタナスの並木。緑や茶色の樹皮が一部剥げて青白い木肌が現れている。

樹皮も木肌もいい色だ。自然が作り出した紋様にどれひとつ同じものがない。これをデジカメで撮影して、パソコンにとりこみ、たとえばデスクトップを飾る。プリントしてTシャツに、あるいはノレンにしてもしゃれている。

今年の年賀状はこれにしようと悦に入っていたら、もっと先をいく人がいた。
9月30日、パリ・ルーブル美術館でイッセイ・ミヤケの春秋コレクションの発表会が開かれた。テーマは「カラーハンティング」。

ISSEY MIYAKEのクリエイティブ・ディレクター藤原大氏は、今年2月アマゾンの熱帯樹林に手漕ぎボートで入り込み、一週間かけて現地の色を採取してきた。「本やインターネットの情報とちがい、現実のアマゾンではおだやかでやさしいグリーンが何層にも渡って広がっていた」と、いう。

「雨が降り、葉の上に落ち、樹木を伝わり、地面を濡らす。透明な水が土を通って川に注がれる。緑、赤茶色、黒。川は森にあるすべての色を包括していた」(産経EX)

自然の色と持参した3000色の色見本とを合わせて「本物の色」を採取。それをもとに織柄、色調、素材感のちがう布を織る。
「すべては一枚の布から始まる」というイッセイ・ミヤケの服づくりにために、それだけの準備をしているのだ。やはりプロは超えている。

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プラタナスの樹皮ではないが、マチュエールを撮ったもの。秋、れんげの芽生え。

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2008年12月 8日 (月)

600字のエッセイ

日本一安いパブ

 田舎にはどこにも「よろずや」がある。酒、煙草、缶詰、乾物、菓子、日用品にいたるまで揃っている。私の住む田舎にも「よろずや」がある。

 ここは少し変わっている。酒場を兼ねている。営業は午前中から夕方まで。老人が主な客なので「夜までもたない」のだ。小さな緑色の丸椅子が積んである。常連はそれを店内に並べ、真っ昼間から赤い顔で雑談にふけっている。

 私もこの仲間に入った。顔を覚えてもらうためである。酒やつまみは座ったまま手を伸ばして勝手にとる。勘定はめいめい自己申告。酒の弱い私の払いは三百円くらい。五百円を超えることはない。日本で最も安いパブだろう。

 ここで知り合った老人に連れられ、みかん山で取り放題を体験した。山芋掘りにも連れていってもらった。何より都合のいいことには、田舎暮らしの情報が全部ここで手に入った。
 このパブが先年閉店になった。飲酒運転の規制が強化されたためである。常連は畑仕事を一段落させて軽トラでご出勤になる。帰りは酔眼、足元はおぼつかない。でも彼ら曰く「この辺の道は自分の家の庭も同然。農道をはずすことなど絶対にない」。

 それでも高額な罰金は払えない。やむを得ず皆の足が遠のき、閉店。
 残念しごくである。

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クリスマスが近づいた。

手元がふらついているのか、カメラがこわれたか、ピントが甘い。

でも夕日があたって、なんかいい写真になっている、と自己満足。

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2008年12月 5日 (金)

600字のエッセイ

 ユーモラスな母               

 正月には、兄弟姉妹がにぎやかに集まる。夜おそくまで子供の頃の失敗談に花が咲く。私に関する話題は、忘れん坊だったことである。小学生の頃、学帽を忘れ、教科書、ノートを忘れる。襟巻き、手袋はどこかにいってしまい、一冬もったことがない。その被害を姉や妹、弟がこうむった、というのである。
 困った忘れものはフンドシである。私の小学校の水練は、赤いフンドシでおこなうのが決まりだった。母は苦労して赤い布を手に入れた。それを私はどこかに忘れてしまった。もののない時代である。窮余の一策で、母は、蚊帳の上部の赤い帯をほどいてフンドシとした。蚊帳のほうには適当な布をあてた。このことは兄弟の記憶に鮮明に残っていたとみえて、ひやかしの格好の材料になった。
「忘れん坊!」「親の顔が見たい」 の大合唱になった。
 すると襖がすっと開いて、
「こんな顔ですが」
 母が絶妙なタイミングで現れた。「本当にこの子は忘れ物の天才でした。よくオチンチンだけはなくさないね、と思ったものです」そう言って、皆を笑わせた母。先年、黄泉の国に旅立った。
 今、イナカ暮らしのため、夏には蚊帳を張って寝る。蚊帳を見上げていると、母の言葉を思い出す。
「よくオチンチンをなくさないね」
 私は、おずおずと手を伸ばして、その所在を確認する。
 長じてもしばしば忘れものをするのだ。

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わずかに咲いた晩秋のカモミール。これをお茶にする。ずぶぬれになって帰ってきたペーターラビットに、お母さんが飲ませてあげたのが、このカモミールティ。

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2008年12月 3日 (水)

600字のエッセイ

自然の色  

 新宿御苑や神田の学士会館の前のプラタナスの並木。
 
緑や茶色の樹皮が一部剥げて青白い木肌が現れている。樹皮も木肌もいい色だ。自然が作り出した紋様にはどれひとつ同じものがない。これをデジカメで撮影して、パソコンにとりこみ、たとえばデスクトップを飾る。プリントしてTシャツに、あるいはノレンにしてもしゃれている。今年の年賀状はこれにしようと悦に入っていたら、もっと先をいく人がいた。 

九月三十日、パリ・ルーブル美術館でイッセイ・ミヤケの春秋コレクションの発表会が開かれた。テーマは「カラーハンティング」。
 
ISSEY MIYAKEのクリエイティブ・ディレクター藤原大氏は、今年二月アマゾンの熱帯樹林に手漕ぎボートで入り込み、一週間かけて現地の色を採取してきた。「本やインターネットの情報とちがい、現実のアマゾンではおだやかでやさしいグリーンが何層にも渡って広がっていた」、という。
「雨が降り、葉の上に落ち、樹木を伝わり、地面を濡らす。透明な水が土を通って川に注がれる。緑、赤茶色、黒。川は森にあるすべての色を包括していた」(産経EX)
 
自然の色と持参した三千色の色見本とを合わせて「本物の色」を採取。それをもとに織柄、色調、素材感のちがう布を織る。
「すべては一枚の布から始まる」というイッセイ・ミヤケの服づくりのために、それだけの準備をしているのだ。やはりプロは超えている。

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大胆に中間の木を間引いた林。手の入っていない樹林は
間引かれるとこんな形が現れる。

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2008年10月 5日 (日)

600字のエッセイ

観光下手    

私の住む千葉県内房地区は名所古跡がないわけではない。

しかし、名所として名高く、観光地としてポピュラーなところはいたって少ない。ヒカリゴケ発生地、源頼朝が捲土重来、水軍を率いたで出発地(なぜか2箇所ある)、日本で一番大きい露座の大仏、東京湾を見下ろす観音像、夏目漱石、菊池寛、若山牧水など文人の清遊地など、名所旧跡としてうまく売り出せば立派な観光地になるのにいっこうに知られていない。わずかに有名なのが鋸山(のこぎりやま)。

ふたつ理由があるようにおもわれる。一つは半島ゆえの人的交流が少ないこと。商用にせよ物見遊山にせよ、旅する人の多い地域とそうでない地域の差。
もうひとつは、県民の観光開発意欲の問題。温暖な気候に恵まれ、生活の質は低くない当地では、観光開発をしようという意欲的な人材が育っていない。

実は、私は、そこにひかれて房総に来た、と言っても過言ではない。鋸山を始めて登り、山頂から見た、どこまでも続く山並み、どこまでも続く手つかずの自然の森。それがわずか東京から100キロでという驚き。

名所旧跡が多く観光地化していたら、安房の魅力は私にとって半減してしまう。
国道127号線は木更津から館山へ通ずる約60キロの道だが、木更津の町を通過すると、広告看板が極端に少ないのだ。あっても遠慮がちである。これが東京近郊のほかの道路と大いにちがうのである。

アクアラインから館山までの有料道路にいたっては視覚にとびこんでくる刺激的なカンバンは皆無である。元広告を業とする私がこんなことを言ってはいけないのだが、「こんなうれしいドライブはない」。

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今秋はこの野生のランがいたって元気である。

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2008年9月30日 (火)

600字もエッセイ

植村直己

 木を三つ書くと「森」になる。日を三つ書くと水晶の「晶」になる。では、木偏に「毛」を三つ書くと何という字になるか。その一字だけを書いた男を、私は忘れられない。

 かつて私は、企業から依頼を受けて講師を派遣する仕事をしていた。その男とは、紹介者なしに、電話とFAXだけのやりとりだけで、東京駅の駅頭で会った。新幹線で名古屋へ。

 男はある石油会社の幹部候補生集めたセミナーで講演を行い、終了後、招聘した企業の幹部と挨拶を交わした。色紙を差し出され、「橇(そり)」と一字だけ書いた。

 ――疲れます。私には冒険が仕事になってしまいました。準備に多くの人手がかかり、莫大な資金も必要になります(こういう講演は助かります)。北極へ飛行機を飛ばすにはパイロットの手配だけではなく、関係国の許可を取らねばなりません。資材を行く先々に落とす、これって本当に冒険でしょうか。

 出発すれば危険はいっぱいですが、天候待ちはできないのです。テレビのクルーが待っているからです。アマゾンを源流から筏で下ったときのような、純粋に冒険に戻りたいです。

 帰りの新幹線の中で、その男は以上の趣旨のことをゆっくりと語った。
 東京駅で別れた。男はすぐに人ごみのなかにまぎれてしまった。

 

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オシロイバナ(黄)
 
 

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2008年8月31日 (日)

600字のエッセイ

めざし

 いつから日本人はそんなに卑しくなったのか。テレビをつけると、タレントどもが、老いも若きも大口を開いて出された食いものに食らいついている。

「まいうう」「何とかの何とかや」と絶叫する。NHK、民放を問わず、スタジオ番組を5分も見ていると、必ずワゴンに乗せた、食が持ち込まれる。北海道の珍味、沖縄の逸品、イタリア・トスカーナの絶品。はたまたイヌイットの生肉、モンゴルの醍醐。まず大物タレントと司会者から試食が始まる。

 次にとりまきタレント、運がよければギャラリーの一部もご相伴にあずかれる。まちがっても視聴者には来ない。だからこの手の番組は好かん。私はタレントが大口を開けだすと、直ちにチャンネルを変えてしまう。どうして視聴者が文句も言わないのか不思議でならない。
 
 昔はゴールデンアワーには食のバラエティ番組などなかった。わずかに5分番組で「くいしん坊万歳」が、GH以外では「今日の料理」とかがあっただけだ。今はGHに限っても食をテーマにした番組が7つもある。

 テレビは、世界中の食を食い散らかしている。そのうち何かがおかしくなるにちがいない。賢明なる諸兄、諸姉よ、テレビを消してメザシを焼こう。土光敏夫さんのひそみに倣って。

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こぼれ種から咲き出したコスモス

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2008年8月 4日 (月)

600字のエッセイ  番外編 

呉馬からひとこと

私のブログの数少ない読者のひとり白虎さんから、600字のエッセイにコメントをいただきました。白虎さん、ビャッコと読むのが正しいのだろうが、通称、シロトラさん、とお呼びしている。作家。最近ポジティブ久保名で「メゲナイ人は『単純』に考える!」すばる舎を上梓した。なかなかいい本です。

めずらしく読者からの寄稿ですので、番外編として紹介させていただきます。

ゴキブリ

 ゴキブリと聞いて、ついコメントしたくなった。ボクがどんなに博愛主義者になったとしても、ゴキだけは愛する気にも、同居する気にもなれない。だから、毎日のようにこりずに格闘している。大半はキッチンの流し周辺が彼らとの戦場になる。5~6匹以上と格闘するが、大抵は1~2匹程度しかしとめることができない。無念だが運動神経の違いである。

 かといって、市販のゴキブリ取りなどのワナは使いたくない。やはり、堂々と戦ってやつけたいのである。ゴキにしたって、その方が死にがいがあるだろう。また彼らだって、きっとボクに復讐したいだろう。リビングでいきなり、ボクの胸元に向かって飛んでくることもあるからだ。心臓病でも患っていたら、ポックリと逝きかねないほどの衝撃だ。

 ゴキブリは、アリ、ハチなどとともに個体としての進化は数億年前でストップしたままだ。にもかかわらず彼らがいまだ旺盛に繁殖しているのは、超高度な社会システムにあるらしい。人間社会の未熟な民主主義や社会主義などよりはるかに優れたシステムを彼らは完成しているというのだ。数億年たっても滅びないのだから間違いない。

 でも、ゴキどもにどうしても言いたいことが1つだけある。ボクたちは君らの社会まで侵すつもりは毛頭ない。だから、人間さまの家というくつろぎの場所の中でだけは、そのいやらしい姿を見せないでほしい。ボクらは、ただただ君の姿を見たくないだけなのだから。(白虎)

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花の名前わすれました。タネをまいて2ヶ月。もう忘れてしまうのです。

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2008年7月30日 (水)

600字のエッセイ

すまない

 きのう、ホタルが裏庭から家に舞い込んできた。実に五年ぶりのことである。どうしたはずみか二匹が網戸の内側に入り込み、階段室を飛び回り見えなくなった。
 
 今朝、一匹が和室のガラス戸の手前で息絶えているのを見つけた。脱出できなかったのであろう、気の毒なことをした。
 
 里山に住むということは、多くの虫たちにたいへんな迷惑をかけるということである。朝夕に、引き戸を戸袋にドンと送り込むとき、さまざまな虫を圧殺してしまう。ガ、チョウ、テントウムシ、ときにトカゲ。先日は堆肥の山を切り返しているとき、鋭い針先のフォークがカブトムシの幼虫を刺殺してしまった。
 
 野ネズミをご存知だろうか。ごく小型の扁平な顔をもつ愛嬌者だが、ゴキブリホイホイに足を囚われ、頓死していた。そういえばゴキブリだって気の毒だ。かつては小児ポリオの媒介動物であるとされ、今は脂ぎった肢体が嫌悪され、絶叫とともに追い回される。クモは苦心のアートを制作しても、家の内外というだけで逆さにホウキを立てられ、撤去される。
 里山暮らしは自然との共生、などというが、現実は、生物の頂点に鎮座するヒトの勝手なほざきに過ぎない。すまん。 

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こもれび こういう何気ない風景が好きだ

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2008年7月25日 (金)

600字のエッセイ

イナカ暮らしで発見   山田呉馬      

   

  トカイ育ちがイナカ暮しをして初めて気がつくこと。夜の闇、星空、月光。ウグイスの笹鳴き。ツバメが家に巣をつくったとて、ホタルが庭に飛来したとて素直にうれしい。夜、ごく小さい音に敏感になる。そんなとき天空を突き抜けるように一声、ホトトギス。

   

ほとゝぎす鳴きつるかたをながむれば

ただ有明の月ぞ残れる

  後徳大寺の左大臣の感動とはこれか。ホトトギスは平安の御世から徳川の治世まで風流文人にはかかせないアイテムのひとつ。平成の環境悪化の時代に出会うことができたという幸運に感謝。それにつけて思い出すのは、

  ほとゝぎす自由自在に聞く里は

  酒屋に三里豆腐屋に二里

  江戸狂歌の代表作のひとつ。同感しきり。それに便乗して、

  ほとゝぎす自由自在に聞く里は

  コンビニに二キロスーパーに五キロ

  車がなくてはままならぬイナカ暮らしである。ガソリンの値上げが痛い。ところで元歌の作者はつむりの光(ひかる)。当方も限りなく近い。

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ストーブの薪としていただいたものだが大きすぎて裁断できない。庭の隅に放置していた。ふとみると「うずくまる女」のようだ

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2008年6月23日 (月)

600字のエッセイ

 不思議な渋滞

週末の夕方、ラジオやテレビで「小仏トンネル」「大和トンネル」などという地名をよく耳にする。レジャー帰りの車で渋滞をひき起こす名所である。最近これに「アクアライン浮島出口」というのが加わった。

アクアライン。かの悪名高い失敗プロジェクト。需要予測を誤り、膨大な累積赤字のお荷物道路が、千客万来、渋滞を引き起こしている。不思議である。
実は、東日本高速道路(株)が行う社会実験と称する割引制度が始まり、ETC装着車が朝夕の通勤時間に限り大幅に割引されることになったのだ。かつての3000円が1500円に、その先の有料道路も半額近いという大盤振る舞い。レジャー帰りの車も通勤割引の対象である。

となれば誰だって割引の狭い時間帯を狙う。土曜日曜の帰り車が集中し、アクアラインのトンネルの中に排気ガスが充満する。そんなことは簡単に予測がついたはずである。割引は歓迎するが、時間帯を限るなんてケチなことをせず、常時安くして欲しい。

社会実験とは、もしかしたら、テレビ、ラジオで「アクアライン渋滞」を大々的に報道してもらうことで、起死回生のイメージアアップを計ろうとしているのではないか。中央道、東名道と並ぶ渋滞道路となれば、もっと多くの車が通るようになる、会社ではそう目論んでいるのではないか。謎である。

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白アジサイ。比較するものがないので分かりにくいが、我が家のは、ばかに小さい

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2008年6月17日 (火)

600字のエッセイ

生まれ変わり         

 読売新聞社が今年5月に、 日本人の宗教意識をテーマに面接方式で実施した調査結果を発表した。そこにこんな質問がある。

「死んだ人の魂はその後どうなると思うか」

 この質問に対して「生まれ変わる」が30%、「別の世界に行く」が24%。魂は肉体を離れてもかたちを変えても生き残る、と考える人が過半数を占める。それに対して「消滅する」は18%。

 仏教はインドで生まれた。釈迦の教えの後、2千年以上の時を隔て、1万キロ以上の距離を越えるうちに、死者の霊や彼岸を信じる独特の「日本仏教」に変貌した。キリスト教では、神を信じれば死後に黄泉の国へ入れる、と導く。多くの日本人は、必ずしも特定の宗派に属してはいないが、人知を超えた何ものかに対して敬虔な気持ちを持っている。

 私は戦後教育の1期生である。マッカーサーの申し子である。科学的にものを考えろ、と教えられた。証明できないものを信じるな、根拠のないものを生きる規範とするな、と。従って、少数派の「魂は消滅する」である。

 ちょっとさみしい。

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夕方に庭。4年前に植えたアジサイがこんなに増えました。

暗くて手ぶれしています。

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2008年5月15日 (木)

600字のエッセイ

蚊帳      

「あさこさん。ここは名古屋の在ですけど、蚊帳はもう必要ないですよ。」
名古屋に嫁に行ったあさこさんの嫁入り道具のひとつに、姑が、蚊帳を見咎めて言った。もう四十年前のことであるが、その一言をあさこさんはいつまでも覚えている。

その蚊帳がイナカの我が家に来た。あさこさんがくださるという。何度も転居したが、使う機会はついぞなかったという。新品同様の蚊帳がもう一張りふえた。

さて、我が家には冷房がない。夏、風を呼び込むためにガラス戸を閉めない。網戸一枚では蚊やいやな虫の侵入を防ぐことはできない。どこからか必ず侵入してくるのだ。そのために欠かせない蚊帳だが、吊って寝るとよく眠れる効用がある。よくいわれるように母親の胎内にいるような安心感。

ある夏、あさこさんが我が家に泊まりに来た。学生時代の仲間、男七人、女二人とともに。さてどこで寝るかということになって、風通しのいい部屋に、蚊帳二張りを男女別に吊って、雑魚寝することにした。
夜遅くまで歓談。飲みつかれ、語り疲れた者から、蚊帳にもぐりこむ。

四十年たったとはいえ男と女である。それが蚊帳という結界を隔てつつ、ひとつの空間を共有している。軽い寝息さえ聞こえる。それでいて少しも気にならない。
あさこさんは、嫁入り道具の蚊帳で始めて寝ることになった。寝心地はいかがだったろうか。

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冬のナベに重宝したシュンギク。全部収穫しないでいると、今、花が咲く。

花やには出てこない花だが、ウチでは持って帰る。

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2008年4月26日 (土)

600字のエッセイ

チャンの山          

 生まれは東京の都心。四歳のときに豊島区要町に引っ越した。あたりは戦前からの住宅地だが、まだ自然は豊かであった。少し歩くと、チョウやセミの宝庫である小高い丘があり、「チャンの山」と呼んでいた。囲いはあったが破れ目もあり、僕たちは自由に出入りしていた。一日中鳥もちで虫を追いかけていた。近くに弁天池という大きな池もあり、エビガニを釣った。秋には鬼ヤンマ、銀ヤンマを追った。

 場所は隣町の千川町。ずっと後になって、「画壇の仙人」と称された熊谷守一氏のお宅がこの辺りにあった、と知った。守一氏は、庭にむしろを敷いて日長寝そべり、アリやチョウ、セミ、トンボたちの動きを見つめ、気が向くと絵筆をとったという。もしかしたら、僕たちが追っていた虫と同じだったかもしれない。

 1950年代に道はアスファルト道路に変り、池は埋め立てられ、「チャンの山」は狭小住宅が並んだ、のっぺりした住宅地になった。僕たちの楽しみは、ごっそり取り上げられてしまった。以後自然と遊ぶ体験はない。その喪失感は、僕たちだけでなく、あの頃の東京育ちのすべての子供たちに共通のものだ。

 熊谷宅も守一氏の没後、しばらくして取りこわされ、コンクリート造りの美術館になった。虫たちを見ることができるのは、美術館の絵の中だけである。

 
(蛇足)
 
 余談だが、守一氏は書もよくした。「五風十雨」と書かれたのびやかな書に接して、千葉の田舎に建てた家を「五風荘」と名付けさせてもらった。

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道端に、はみだしていたシャガをひろってきた。

堆肥のきいたところだったので、たけが伸びて花が咲いた。切り花になった。

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2008年4月18日 (金)

600字のエッセイ

家を建てる、その気になったら

家を建てる、その気になったらどうする?
①  住宅展示場へいく。
②  図書館へ行く。
③  ネットで調べる。
 今、家を建てる世代は30代、40代。子供が大きくなり個室が必要になった、というところ。お父さんは仕事でめっぽういそがしい。住宅展示場に行けば、夢は実現する。ローンの苦労は別として、奥さんまかせで家は建つ。

 でもそれではイカンのですよ。家はクルマの最低でも10倍の価格。カタログで買えない。世界にひとつの土地に、環境に適合させて建てるすべてオーダーメイド。
 まず図書館に行く。というのが正解。建築のコーナーで手当たり次第、5冊、10冊、20冊と借りてくる。図書館にある建築関係の本は玉石混交。家の供給者であるメーカー、建築家、工務店がそれぞれ「わが方式が一番。二番、三番はない」と断言している。だからたくさん読まないといけない。そんな中から家に対する思いを実現する方式をさぐっていく。

 最初の選択肢を誤るといい家は建たない。良書を数冊読めば、「将来のライフステージがどう展開していくか、その予測が大切。それとパートナーとの対話を重ねないとならない」と知ることになる。
 そして、耐久性。資産としての価値を保全できる家とは。そのための基礎、工法、断熱をどうするか。間取り、設備などはまだまだ先の話。
 家を建てる、そのために本を渉猟する。目的があっての読書、そんな至福の時間を味わわないのはもったいない。

(蛇足) 家を建てる、その気になったら④カルチャーセンターにかよう、という選択肢がないのはおかしい、と指摘したのは、住宅設計家の故宮脇檀氏であった。2008年4月某カルチャーセンターの新学期の講座に依然として「よい住宅を建てるために」という講座は見当たらなかった。なぜだろう。

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北海道の春はいまこれくらいなのだろう

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2008年4月14日 (月)

600字のエッセイ

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イナカ暮らしのわけ 


「なぜイナカ暮らし」と人に聞かれる。巷間、イナカ暮らしは団塊世代のあこがれといわれ、マスコミなどでもその楽しさが紹介されているが、身近にイナカ暮らし人が現れると、改めて聞いてみたくなるものらしい。

今から十五年ほど前のことである。小さな会社の社長になった。身に染まぬ境遇であった。しかし、自分で選んだ道である。誰にも文句がいえない。
大事なことはひとりで決断しなければならない。たとえば見積の応札。Aで出せば利益極大、Bで出すと利益極小。答えはA、Bの中間にあるのだが、そのどこかでひたすら迷う。深夜、デスクのまわりを動物園の熊よろしく、何度も行ったり来たりする。やっとのことで決心がつき、ファックスを送る。オフィスの小さなソファに毛布一枚で仮眠をとる。

そんなときのなぐさみが、私にとってはカントリーライフの本であり、イナカ暮らしのガイドブックだった。
会社は、強運としかいいようがないのだが、順調に滑り出した。そうなればなったで次から次へと難題が降ってくる。

イナカ暮らしの本が、ますます無聊のなぐさめになる。三年間、この本を枕元に置いていたおかげで、不眠症にならずにすんだ。そのうえ、イナカ暮らしのノウハウ、野菜の育て方、不動産についての知識、イナカ物件の見方などが、すっかり身についてしまった。

ある日、突然「そのモノが見たい」と思った。

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2008年4月13日 (日)

600字のエッセイ

イナカの夜の恐怖       

 イナカ暮らしをはじめると、回復する感覚がある。
 朝の鮮烈な空気がみなぎらせる緊張感。空を赤く染めながら沈む夕日を見ている時の空漠感。そして、夜、闇の中から聞こえてくる物音にとりつかれる恐怖感。
 
 畳にひとり床を延べていると、さまざまな音がごくごく身近に感じられる。眠りにつくことが出来ず、朝までまんじりともせずに起きている、その恐怖感。恐怖というと大げさだが、そうとしかいいようがない。
 トカイはマンションでも夜、音が騒がしい。実際のところトカイのほうがはるかに高いレベルの騒音だ。車の音は一晩中するし、電車の音、踏み切りの警報音、パトカー、消防車、よっぱらいの嬌声。しかし玄関ドアをロックし、窓を閉ざしてしまえば、外の世界はないに等しくなる。
 
 イナカはちがう。家の出入り口は多い。しかもごく簡単に錠がさしてあるだけか、あるいはそれすらもしていない。実に多くの物音が寝床近くまで侵入してくるのだ。
 「バタバタバタ」障子を打ち破らんかなの音。スワ深夜の押し込み強盗 ! 思わず跳ね起きる。「なんだ、ガか。おどかすなよ」。ガが障子に当たって逃げまどう音は異常に大きい。障子紙が太鼓の皮になるのだ。ガはどこからか進入してくる。ゲジゲジ、ムカデもかすかな音を忍ばせて枕元まで来る。ノネズミは一晩中騒がしい。
 
 外では、タヌキ、ハクビシン。食物を少しでも残しておくと、必ずあさりにくる。用心深い動物だから物音はわずかだが、人の侵入と錯覚させる。イナカでは物音に対する感覚が研ぎ澄まされる。夜の恐怖は、退化したヒトの感覚を甦らせる作用がある。
 
 しかし、一番怖いのは人間である。山里では、夜、人は絶対に来ない。来るのは、トカイである。扉を破ってでも人が来る。本当に怖いのはトカイなのだが。

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ケヤキ若葉。東京・表参道のケヤキ並木も芽吹いているが、力強さに欠けるようだ。
 

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2008年4月 9日 (水)

600字のエッセイ

一瞬の躊躇            

 すばらしい古民家の売り物があった。今から十年ほど前のことである。
 そのころ私は田舎暮らしを志向し、必死に終の棲家を求めていた。クラシックで堂々とした建物、それでいて圧迫感がない、となると日本古来の民家だ。

 毎日不動産広告を、目を皿のようにしてさがしていると、「あった!」500万円。茨城県美和村。「走れ!」私は会社を休み、常磐道を走った。都心から車で2時間。古民家は本当にあった。間口9間、奥行き4間。築年代は不詳だが、大黒柱、梁はあくまでも太く、黒光りしている。南向き500坪の土地。菜園あり。いままで見てきた中で最高の物件。

「よし、これだ!」不況時でも、掘り出し物件の出足は早い。一番に申し込まねば。不動産屋と別れてから、追っかけ電話を入れた。
 が、電話のナンバーを押す指が、止まった。

 ひとつだけ気がかりがあったのだ。物件のすぐそばに一枚のカンバンがあった。
 「路面凍結の恐れあり。注意」
 茨城県県北の山間地。近くに袋田の滝がある。滝は冬季凍結で知られている。当時私は、言うところの「男の更年期」であった。経験したことのない冷え性にひどく悩まされていた。「どうしよう」。カンバンを見て、ためらってしまったのだ。
 結局、日を置いてしまい、購入のチャンスを逸した。その後、あんないい物件には二度と出会わない。

 実は、田舎の家はどこも寒いのだ。今の房総の家でも、冬季には零下になることがあり、ストーブの火が落ちた朝など、めっきり冷え込む。しかし、私は苦もなく起きられる。冷え性は一過性のものだった。
 あのとき、カンバンを見なければ、一時的な冷え性でなければ、今頃古民家の主であったろうに。

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