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2020年9月22日 (火)

歩きスマホ(600字のエッセイ)

歩きスマホ     

 

 ぶつかった、

 とあなたは思う。

 ぶつかってきた、

と周りは思う。

ちょっと前に駅に掲出された「歩きスマホ禁止」のポスターで、鉄道各社と電話会社の共同キャンペーンである。気が利いたキャッチだ。でもこんなポスターで効き目があるのだろうか。

オジサンたちは怒っている。中高年が集まると傍若無人の歩きスマホにいい迷惑している、と不満がぶちまけられる。若者が圧倒的に多い。男も女も。人の流れの多い駅のコンコースで、あろうことか駅のホームでも。

大勢の歩く人の流れに乗れない。衝突、接触が起こりかねない。結局、俺たちジイさんバアさんが回避してなんとかしているのだ。

ある人は言う(実はそれは私だが)。「奴らは1.5メートル先しか見えていないんだ。こちらがふらついた態で近寄り、ちょっと足を出して、ひっかけたらどうか。みごとに転んで、歩きスマホの危険がわかるだろう」

賛同者もいたが、大勢は「やめとけ、怪我でもさせたら傷害罪だ」。それもそうだ。怒るのはわかるがやりすぎだ。別案がでた。関西のある駅でこんなポスターが出ていたという。

るきスマしとる人、今日から略して「あホ」と呼んだんねん!

それいいね。すれ違いざまに「あほ」と小さく叫ぶ。咎められたら、訳を説明してあげよう。

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文頭で紹介したポスターの文言の写真は残念だがない。類似のポスターを紹介しておく。

 

ぶつかってきたのは、あなた。

何も言わずに立ち去るのも、あなた。

 

歩きスマホに困惑しているオジさんにとっては、もう少し強く言ってほしいところだ。

2020年9月17日 (木)

菜園の終了?(600字のエッセイ)

 

菜園の終了?   

 

今年の野菜づくりはさんざんだった。7月の長雨、8月の炎暑。夏野菜はプロでさえ不作であった。

その上当方は、高齢の母の介護が始まって都会にくぎ付け状態になった。コロナ禍も重なって畑に行けない。水やりも雑草取りもままならなければ野菜はできない。都会と田舎の頻繁な往復はこれからも無理に思われる。十分楽しませてもらった。これから先を考えなければならない。そんな気持ちになっていた。

7月のはじめマンションのベランダがあまりに暑いので日よけを設置しようと思った。どうせなら何か夏野菜をと思い立ち、キュウリ、ゴーヤ、インゲンなどの蔓ものを少しばかり植えた。ベランダ菜園なら毎日面倒を見られる。苗はすくすく伸びベランダの遮光の役目を果たし、お印ばかりだが収穫もあった。

9月末夏野菜は終わった。秋冬野菜はどうする? いままでの苗づくりは菜園に温箱(超小型の温室)を作り、自動給水装置も設けて育苗をしていた。これは頻繁に面倒をみてやらないとうまくいかない。

今年は千葉から育苗箱を4つ、ベランダに運びこみ種を蒔いた。シュンギク、レタス、コカブ、ホウレンソウが芽を出し、順調に育ち始めている。移植するにはベランダでは狭すぎる。やはり千葉の畑にいれてやらないと。

菜園はこれでもうお終いとはいかない。まだまだ続く。続けなければ。

 

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つるの野菜が終わりかけたら、アサガオが咲きだした。日が短くなると咲く。やはり秋の花だ。

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水やりと日当たりがいいせいで、げんきに芽をだした秋冬野菜

 

 

2020年9月10日 (木)

千葉を襲った去年の台風(600字のエッセイ)

   

 

 去年の9月のことだ。台風15号は小型ながら強烈な風を伴って関東地方を襲った。特に千葉県の南部ではゴルフ練習場の躯体や送電線の鉄塔が倒壊するほどの強風であった。多くの民家の屋根の瓦が飛散し、屋根の木組みがむき出しになった。

私の家がある鋸南町は被害が甚大でありながら報道が後れたが、ブルーシート屋根で一躍有名になった。

私は横浜にいたので直接の被害は免れた。千葉のインフラの状況がわからず、現地に入ったのは1週間後になった。

道路には倒木があったが何とか通れて家に着くことができた。家の屋根はガリバリウム鋼板(トタン屋根の一種)のせいで、被害はなかった。ほっとしたが家の中が心配だ。すぐには家に入れない。飛んできた何本もの太い枝が邪魔しているのを取り除けて、やっとのことで家に入る。

幸い1階は被害はなさそうだ。2階へ。居間に入ってびっくりした。大量の飛散したガラス。ガラスは鋭角に破砕され鋭く床板に突き刺さっているのもあった。雨水をたっぷり含んだ布団。実は風通しのいい居間に布団を敷き、万年床のままにしていたのだ。被害の原因は一枚ガラスの大きな窓を強風が襲い、木の窓枠を破壊し、室内にガラスを飛ばしバラバラに割ったのだ。

寝具は水を含んで何日もたっているので使い物にならない。大量のガラスと一緒に車に積んで災害ごみ置場に持っていった。帰りに役場に寄って、罹災届の申請をした。

人生で初めて罹災者になった。

 

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家のすぐ近くの木々の幹や枝ががなぎ倒された。家に飛んでこなかったのは幸運としかいいようがない。

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罹災者として役場でブルーシートをもらい窓に臨時的に貼った。

 

2020年9月 5日 (土)

賢治のナミダ(600字のエッセイ)

 

賢治のナミダ     

 

 最近のテレビの天気予報が気にいらない。どこのチャンネルでも判で押したように同じ内容の予報を繰り返す。気象庁が圧倒的な情報量を集積し、最新の技術で分析し予報をだしているので、それに逆らって個々の局が独自の予報など出せる訳はない。言われたままを流すしかない。

となると「所により夕方から天気崩れて雨となるでしょう。折り畳みの傘をお持ちになると・・・」、とか「今日は洗濯日和でしょう」とか、どうでもいいような情報でお茶をにごすことになる。

 

気象庁は圧倒的な情報量を持ちながら、大外れすることもある。それを受けた放送局は一、二の例外を除いてはずれた予報にあやまったためしがない。自分の責任で予報を出したのではないので、ゴメンナサイを言う必要もない、と考えているに違いない。まったく情けない。マジメさが足りないのだ。

 

農家にとって予報の大外れは致命的なこと。

誰でもが知っている宮沢賢治の有名な詩の冒頭は、

雨ニモマケズ

風ニモマケズ

雪ニモ 夏ノ暑サニモマケヌ

と気象と真っ向勝負で宣戦布告しているが、

ヒデリノトキハナミダヲナガシ

サムサノトキハオロオロアルキ

と恨み言を連綿と手帳に記しているではないか。

 

 

 私は、ほんの少し野菜づくりをしているだけだが、天気の具合は本当に気になる。だから野菜農家の気持ちはよくわかる。「雨が降るでしょう。天気は下り坂です」雨で、天気が悪くなるなんて言わないでくれ。“干天の慈雨”ってことだってあるのだ。

ところで、台風10号はどうなるのだろうか。

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私は横浜では小さなマンション住まい。天気にはまったく関心を持たずに暮らせる。気になるのはいつもイナカのことだ。

この写真は私の住まいの近くのマンション。この写真は特に気に入っている。白い壁のマンションに細い植木がひとつだけ覗いているところがいい。

 

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