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2008年7月31日 (木)

粗放菜園

学校で、粗放農業、集約農業というのを習った。日本の集約農業のほうがなんとなくいいイメージのように教わったような気がする。

それがいまの野菜作りはまさに粗放。土作りはほんの少し、難行苦行の草むしりは極力避ける。したがってサトイモはこんな具合。

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また、毎週菜園に来れないこともある。収穫のタイミングをのがすとこんなオバケきゅうりができてしまう。

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2008年7月30日 (水)

600字のエッセイ

すまない

 きのう、ホタルが裏庭から家に舞い込んできた。実に五年ぶりのことである。どうしたはずみか二匹が網戸の内側に入り込み、階段室を飛び回り見えなくなった。
 
 今朝、一匹が和室のガラス戸の手前で息絶えているのを見つけた。脱出できなかったのであろう、気の毒なことをした。
 
 里山に住むということは、多くの虫たちにたいへんな迷惑をかけるということである。朝夕に、引き戸を戸袋にドンと送り込むとき、さまざまな虫を圧殺してしまう。ガ、チョウ、テントウムシ、ときにトカゲ。先日は堆肥の山を切り返しているとき、鋭い針先のフォークがカブトムシの幼虫を刺殺してしまった。
 
 野ネズミをご存知だろうか。ごく小型の扁平な顔をもつ愛嬌者だが、ゴキブリホイホイに足を囚われ、頓死していた。そういえばゴキブリだって気の毒だ。かつては小児ポリオの媒介動物であるとされ、今は脂ぎった肢体が嫌悪され、絶叫とともに追い回される。クモは苦心のアートを制作しても、家の内外というだけで逆さにホウキを立てられ、撤去される。
 里山暮らしは自然との共生、などというが、現実は、生物の頂点に鎮座するヒトの勝手なほざきに過ぎない。すまん。 

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こもれび こういう何気ない風景が好きだ

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2008年7月28日 (月)

水場

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庭のエノキのそばに水道栓があります。今から8年前、土地を購入するとき、言葉だけではなく本当に「水道完備」を条件にしたため、不動産屋が設置したもの。なにせ里山のどんづまりの土地。ジャージャー水がでることを確認しなければ、とても買えない山奥でした。でした、という過去形は正しくなく、今も山奥です。

それはとにかく水道栓の下に、イタリア製(たぶん)の大理石のレンガを敷いた。ただし、ごらんのような切れはしばかり。リサイクルショップで600円。これで足元がよくなった。

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ついでに雨量計。

庭に漫然と放置されているわけではない。大切な役目がある。トカイにいるとき雨が降ったか、どんだけ降ったか。それによって菜園の野菜、庭の花木の様子が客観的にわかる。今週は朝夕の水遣りが必要でした。

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2008年7月25日 (金)

雑誌の取材

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我が家と私たちの生活ぶりをある雑誌が取材に来た。家の紹介なのでどうしてもスッキリさせてしまう。ふだんこんなにかたづいた生活していません。うそっぽい。

かといってモノやヒトを入れこんで撮ると、視点がそっちに集まり、建築が見えない。そこらあたりがカメラマンの苦労のしどころ。カメラマンは私と同年のベテラン。

カメラマンのうしろについていけばいい写真が撮れるのだが、それでは例失礼。ということで、1枚だけのスナップです。

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600字のエッセイ

イナカ暮らしで発見   山田呉馬      

   

  トカイ育ちがイナカ暮しをして初めて気がつくこと。夜の闇、星空、月光。ウグイスの笹鳴き。ツバメが家に巣をつくったとて、ホタルが庭に飛来したとて素直にうれしい。夜、ごく小さい音に敏感になる。そんなとき天空を突き抜けるように一声、ホトトギス。

   

ほとゝぎす鳴きつるかたをながむれば

ただ有明の月ぞ残れる

  後徳大寺の左大臣の感動とはこれか。ホトトギスは平安の御世から徳川の治世まで風流文人にはかかせないアイテムのひとつ。平成の環境悪化の時代に出会うことができたという幸運に感謝。それにつけて思い出すのは、

  ほとゝぎす自由自在に聞く里は

  酒屋に三里豆腐屋に二里

  江戸狂歌の代表作のひとつ。同感しきり。それに便乗して、

  ほとゝぎす自由自在に聞く里は

  コンビニに二キロスーパーに五キロ

  車がなくてはままならぬイナカ暮らしである。ガソリンの値上げが痛い。ところで元歌の作者はつむりの光(ひかる)。当方も限りなく近い。

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ストーブの薪としていただいたものだが大きすぎて裁断できない。庭の隅に放置していた。ふとみると「うずくまる女」のようだ

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