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2020年7月15日 (水)

菜園の盗っ人(600字のエッセイ)

よく間違えるのだが、日本で初めて宇宙に行ったのは毛利衛さんではない。

秋山豊寛さんだ。TBSを退社して福島で無農薬野菜をつくっていた。(今は京都府在住だが)

私とほぼ同世代、そのエッセイを読んで共感するところが多かった。「イノシシの被害に遭って、アタマにきた」「棒を持ってイノシシを追い回した」とエッセイにある。

自然志向で山間部にはいった元宇宙飛行士が、逃げ足の早いイノシシを必死に追っている図を想像して、笑ってしまった。

自分にも笑えない事態が起こった。

私の畑にもイノシシが現れた。柔らかい土を掘り返えされている。根菜類ばかりでなく地中のミミズも狙いらしい。サツマイモがよくできて、もう少しで収獲という時に盗っ人に完膚なきまでに食いつくされた。

自分のイモをやられて、初めて彼の気持ちがわかった。ケモノ除けのネットを張る。太い竹を支柱にしっかり埋め込んだが、ばっさりと押し倒された。

秋が深まると救いの神が大挙して現れる。我が家のまわりには軽トラックが有に10台以上。ハンターたちである。お茶や菓子を用意して迎える。勢子たちが猟犬とともに山に登り、一斉に下る。飛び出したイノシシを待ち伏せているハンターが撃つ作戦だが、成果は何回かに1回。これも効果少なし。

電気柵を設置した。大枚5万円を投じて。人工的な菜園になって気に入らないが、効果は今のところ確かに利いている。

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写真は ノウサギ除けのネット。

順調に伸び始めたサツマイモの苗。

3年前このくらいまで育てて上手くいっていたところを、すっかりノウサギにやられた。今はイノシシ柵と二重になっている。

2020年7月 5日 (日)

無言の行(600字のエッセイ)

 

無言の行 (660字のエッセイ)       

 

この頃一人で千葉の菜園に出かけることが多くなった。野菜を育てていると出来れば毎日、少なくとも週に一、二日は面倒をみないとならない。それに連れ合いが同行できなくなった。義母が高齢で介護が必要となり、泊りがけで実家に行くことが多くなった。

単独で出かける。昼間は充実している。畑仕事はやりだせばきりがないし、炊事、洗濯などもやっていると、テレビなど見ている時間はない。

 

そもそも田舎にはテレビがない。東京方向に山を背負っているのでアンテナを立てても映りが悪く置いていないのだ。近年、フレッツ光が来てテレビも見られるようになったが、テレビに捕らわれた生活をしたくないので引き続き置いていない。

一人暮らしの老人の多くはテレビが話し相手である。話かけてくるのはテレビの方ばかりだが、テレビに向かってうなずいたり、笑ったり、時に腹を立てたりしている。テレビが最も親しい友であり、テレビがなければほとんど一日無言の行である。

 

私は、無言の行でいいかなと思っている。静寂な時間が流れ、何ものにも邪魔されずに、もの思いにひたることができる。

そんなとき自分にとって、今、最も大切なこと、これから大切になることは何なのかを考えることが出来る。

もっとも“出来る”ということと、少しはマシなことが考えられている、ということはまったく別のことだが。

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タイトルが「無言の行」で写真が“くちなしの花”というのでシャレになっている。たいしたシャレではないが、7月、今の季節の花ということで

 

2020年7月 2日 (木)

どう致しまして(600字のエッセイ)

 

テレビは「食」の番組ばかりだと、以前に書いたことがある。

コロナ自粛で外出の機会が減り、ますます食番組が増えた。ひとつ気になることがある。それは食番組ばかりに限らない。特に新型コロナの解説・啓発番組に多い。治療にあたっている医師、感染医学の研究者、統計学者などの専門家が番組に呼ばれる。

ひとわたり解説が終わりそうになると、司会者が「有難うございました」と引き取る。すると招かれた専門家が、同じく「有難うございました」と返す。その専門家の「有難う」が私は気になるのだ。司会が感謝を述べるのは、多忙な専門家が局に出向き、あるいはリモート出演だったにしても、貴重な時間を割き、専門の見識を述べて頂いたのだから、当然である。

実は、司会の「有難う」には「ここでアナタの出演は終わりました。次のコーナー行きますので、アナタ捌(は)けて下さい」という意味もあるのだ。

それに対して専門家が「有難うございました」と丁重に返すのは、何かヘンだ。そんなときの慣用句は「どう致しまして」である。「こんなものでお役にたてたかな」という意味で「どう致しまして」と応ずるのが真っ当ではないか。

「どう致しまして」が何か上から目線の言葉にとられ兼ねないのを避けて、全く使われなくなったのだろうか。

「有難うございます」「有難うございます」のやり取りには何か違和感がある。私だけだろうか。

 

 

ご無沙汰のお詫び

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20143月からブログを書いていません。

もうブログも消えてしまったと思っていたら、まだありました。

いつのまにかスマホでも見られるようになっていました。

 

8年間も更新していないので、ちょっとリホームが必要です。表紙デザインは変えましたが、古い記事は一部修正が必要です。

おいおいやっていきます。

 

トカイナカをタイトルにするHPも増えました。

「トカイナカのすすめ」というタイトルのも2つあります。一つは東京狛江市の発の、もう一つは千葉県木更津市。ライバル誕生です。歓迎します。お互い頑張りましょう。

 

当方のは、(トカイ+いなか=快適生活?) というのが続いています。

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白い花がクリスマスローズ、家では6月でも咲いています。

青いのはセージ、香りもいいですが、色が気に入っています。

 

 

 

 

 

 

2020年6月27日 (土)

お久しぶりです。

ずいぶんご無沙汰しました。

トカイナカのすすめ、また続けることにしました。

あれから年月が過ぎ、いろいろなことがありました。

台風に見舞われたり、イノシシ、野ウサギの被害にあったり、

正直 歳を重ねて、昔ほど元気に畑に出る機会も減りました。

でも、トカイナカ暮らしは続けています。

都会で慌しく過ごして、イナカに来ると本当にホツします。

エッセイも書き続けていました。

少しづつ上げていきます。

よろしく。

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5月黄色は菜の花、白はカモミールです。

2014年3月31日 (月)

エノキの幹が折れた

少し以前の3月のことである。

大雪が降った。
関東、甲信越の各地に大きな被害をもたらした大雪の日のことである。

トカイでは何事もなかったが、心配して千葉に行ってみると、我が家の前面に大きく伸びているエノキの太い幹のひとつがバッサリと折れていた。我が家の前の道は折れた太い幹とたくさんの小枝で覆われていた。

ここは道のどんづまりで通る車はなかったのが幸いだった。家にも被害はない。

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(動転して現状を写真に撮ることをわすれてしまった。これはすべての処置の終わってからの写真)

太い幹とたくさんの枝が路上を覆っていて人ひとり通れない。

どうする。私ひとりではどうすることもできない。

助けをよんだ。

幸い我が家を建てた工務店の棟梁と連絡がついて、すぐに若い衆が来てくれた。

まずチェーンソーでたくさんの枝を切り落とした。

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次に幹の部分を切り落とした。

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太い幹は道路から脇へよせるだけでも力仕事となった。

(この太い幹はきざんで乾燥させれば、よい薪になるだろうが、私の力では裁断するのに大いに苦労することだろう。まだ手がついていない。)

エノキ本体の傷口には、防腐剤を塗った。傷口の下部にはくぼみができていた。雨水がたまりそうなので粘土をつめた。

エノキは何度かの強風にあってもびくともせず、家を守ってくれていた。そのエノキに湿った雪が積んだ。そこに、強いニシ(西風)が襲い、あおられて、ひとたまりもなく大きな幹の1本を倒してしまったのだろう。

ちゃんと剪定をしておいたらよかったのだ。申し訳ないことをした。

 

600字のエッセイ

突然に現れた桜  

 

そんなことってあるものだろうか。わが家の庭の東南の端に、桜の小木が2本突然あらわれるなんて。

十年前ここに居を構えたとき、南側に花木が少なかったので何本かの苗木を植えた。山茶花、椿、海棠はうまく根づいたがしだれ桜は失敗だった。毛虫の食害にあって瀕死の状態になってしまった。

数年が過ぎた。日影をつくる常緑樹として植えた槇、クスノキは順調に成長して、庭にもう余地がなく、桜はあきらめかけていた。

 

春、どこも桜の季節なのにわが庭はさびしかった。ところがふだんあまり行かない東南の法面に何やら白いものちらちと舞っている。そこはクヌギの陰になっていて、雑木でおおわれ、まったく手入れをされていないところだ。

不審に思い行ってみると、地に落ちていた白い小さな一片は山桜であった。そこにはツル科の植物に天をとられ隠れていた桜木があった。木は誰かが植えたものだろうか。里山のどんづまりで昔から住居はなく庭木として植えられるわけはない。

種が鳥に運ばれて実生から育ったのだろうか。私は自分の不明を恥じて、周囲の蔓や雑木を払い、日照をよくした。土もやせていたので堆肥をいれた。すると数年後には長年の休眠からさめたように、沢山の花を持つようになった。

 

木はあきらめてはいかない。ほとんど瀕死だったしだれ桜も復活し、盛んに葉を茂らせた。今年は花を咲かせてくれるだろう、きっと。

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堆肥を入れて3年目、もう身の丈をはるかに超えている。

3月末で5分咲きである。

 

2014年3月25日 (火)

600字のエッセイ

 パック旅行    

なんとなく旅にでたい。気分を変えたいだけなので、どこでもいい。そう思ってプランをたてるのだが、必ず迷うことがある。

それは個人旅行か、パック旅行かである。個人で行くとなると、交通手段、宿など全部自分で決めなくてはならない。パック旅行ならお手軽である。不安もない。

私もそれに参加して海外旅行をしたことがある。同行したある老婦人からこんな話を聞いた。観光関係の会社を退職したその方は、もっぱらパック旅行専門で、絶対にその方がいい、という。ちゃんとした旅行会社の企画なら変なものはない。旅先のポイントはおさえていているし、なにより安い。個人旅行だったら絶対その倍はかかる、と。

旅行会社からは毎月のように分厚い案内が来る。魅力的なプランがたくさんある。北海道でも九州でも2泊で3万円なんて格安プランもある。根はケチな性格だからついそっちの方に目がいってしまう。ほかのパックも相対的には安いのだがどうしても値段にひきつけられる。

でもパック旅行にはなにか物足りないものを感じる。そもそも旅は英語でトラベル。その語源はトラブル。何のトラブルのない旅行は印象が薄い。パック旅行では思いがけないことがめったに起こらないのだ。

そんなことで、決められない。雪見の温泉にも行きたいし、ニュージーランドの黄葉を見る旅にも魅かれるのだが、結局は、家で「肘掛椅子で行く旅行」で終わってしまう。

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シーズンON OFF 関係なく実に多くのカタログが送られてくる。

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