2009年1月22日 (木)

わらぶき完成 ろくすけ近況

最近「ろくすけ」に行っていない。

ろくすけはNPO法人、千葉自然学校が管理している古民家。
私の住んでいる鋸南町のとなり、南房総市平久里(へぐり)にある、江戸時代からつづく長屋門つきの立派な農家。

永年人の手が入っていなかったのを、学校が管理を引き受け、職員の土居さんがネットでボランティアを募集。
私も出来る限り参加して、わらぶき、竹林整備、蔵の清掃などを手伝った。

世話役の土居さんが九州に転勤、後任者も決まったようだが、その後お声かけががなくなってしまった。で、足が遠のいてしまった。

最近、近くを通ったので立ち寄った。
昨年暮れの押し詰まった29日。どなたもいらっしゃらなかったが、注連飾りがしてあった。

そして、何より、南面のわらぶきが完成していた。

補修が続いているらしい。よかった。

自分の家での古民家再生は出来なかった。だから、お手伝いだけでもしたい。

また、出かけてみよう。

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やはりわら屋根はいいなあ。
手前のわらは屋根から取り出したものだろう。積んでおけばいい堆肥になるはず。

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600字のエッセイ

冬の散策         

南房総に自分のイナカを決めたのは、四季の散策にふさわしいところと思ったからだ。春、秋は里山、里海の散策。夏は海中散歩?冬は、スキーは無理だが何か山にあるだろう。

その予想は当たった。野辺の道を歩いていると必ず何かの発見がある。日差しを、風を、季節の変化を身体で受け入れることができる。

それなのに今、めったに散歩をしない。

なぜか。イナカでは誰も散歩をしないのだ。人々は散歩などで無聊をなぐさめる必要はないようだ。イナカの生活は誰も結構忙しい。季節の変化に追われての田仕事、畑仕事。なにがしかの現金収入を得る仕事も必要だし、地域の人の付き合いも濃密であるようだ。

誰も散歩をしないので、一人ぶらぶら歩くのは何か様にならない。そればかりか不審な行動と思われかねない。海辺を歩くときは、釣り竿を肩に、畑道を歩くときは大仰な一眼レフカメラと三脚をかついで歩く。目的が明らかならば不審に思われないだろう。でも、それもうそ臭い。面倒だ。

そんなわけでイナカ暮らしを始めた頃は結構散歩したが、今はほとんどしない。わずかばかりの菜園が忙しいし、季節の変化はそこで十分味わうことができる。

冬。誰もこない裏山に入る。落葉樹がすべての葉を落とし、丈高い草も枯れて山は明るくなっている。自由自在に歩きまわれる。別に何をするわけではない。落ち葉を踏み木々の間を歩きまわるだけだが、今この散策にだけ、はまっている。

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こんなところでも冬には入っていけます。

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2009年1月16日 (金)

冬野菜

葉物の野菜は、秋でおわりのはずだが、私の菜園では、わずかながら冬野菜がとれる。

種まきも遅く、生長も遅いせいで、そのころ虫たちが姿を消してしまったせいらしい。

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温野菜。カブを中心にホウレンソウ、サラダコマツナ、ナ、カラシナ。これが晩の主菜。

↓こちらは、間引きのニンジン、カブ、青菜のサラダ。小さなボールの中はフェンネルの根を刻ざんだもの。形は小型のセロリのようだが、においはすごい。酢のきいたドレッシングでないと、ちょっと食せない。

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2009年1月15日 (木)

600字のエッセイ

街歩き        

人通りの多い街を歩く。そのとき、自分の進路に、人が向かってくることがある。相手の進路を推し量ると、このままでは、ぶつかる。

そんなとき、相手が、自分より高齢か、大きな荷物持ちか、子供を抱えているか、それらを一瞬に見て取って、進路を譲るかどうかを決める。逆の場合、即ち当方が優先とみれば、「ごめんなすって」と突きすすむ。

たとえば駅の自動改札機。相手が、ほんの一瞬でも機械に取り付くのが早ければ、譲る。逆なら当方が進み出る。

最近、そういった彼我の関係をいちいち量るのが面倒になった。どっちに優先順位があるかなどと考えずに、すべて譲ってしまえばいいではないか。「すべて譲る」と決めてしまうと、街歩きが楽になった。

しかし、譲ってあげたのに、なんの反応もなく、シャラっと通り抜けていくヤツがいる。ひとこと挨拶位ないのか。軽く会釈するのも面倒なのか。「コラッ」と叫びたくなる。

人間が出来ていないのだ。こんなことで血圧をあげても碌なことはない。そこで、こう思うようにした。「すべて譲る、は結構だけど、どこかで相手の感謝を期待している自分がいる。喜捨する以上、相手の反応など一切期待しないことだ」と。

南アジアでは僧侶に布施しても、僧はニコリともしないで受け取るそうだ。布施する幸せをのみ感ぜよ、とか。
街歩きはけっこう厳しい。

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1月、日足が伸び始めたとはいえ、菜園で作業をしていると、もう夕方。
あわててカメラをかまえたが、自分の影が写ってしまい、、、まあ、いいか

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2009年1月 5日 (月)

初日の出 スポット

三芳村のもちつき大会でお会いした、呉馬です。

千倉の海鮮市場の駐車場は絶好の初日の出スポットですね。
良い場所を教えてもらいました。

(この記事は、blog南房総リパブリック!の初日の出の記事につけたトラックバックです。)

海鮮市場には数回行ったことがあるのですが、元旦に行くというのは思いつきませんでした。

私のねぐらは内房ですので、保田から長狭街道で鴨川へ。亀田病院の先のサーフィンスポットの駐車場で、初日の出とご対面です。

元旦の暗い海にサーファーが出陣しています。当方は寒さにふるえながら、見物します。若さにはげしく嫉妬しつつ、日の出を待ちます。

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2009年1月 4日 (日)

賀状 まだまだ

まだまだ 賀状をつくりました。
(なぜか3枚目の写真以後、文章を書きたくも、カーソルが下にいかなかったので)

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親しい人には近況紹介ということで、この賀状を採用。

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一番たくさんプリントを取ったのはこの賀状。飛騨古川に行った折、造り酒屋で見かけた杉玉。
11月の新嘗祭の日に撮影。緑の杉の葉を玉にして飾るのは新酒ができたという告知。この習慣の起源をたどると古く、室町時代だという。広告カンバンの嚆矢だという研究者もいる。

(それにしてもプリントをたくさんすると費用のかかること、かかること。)

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賀状あれこれ

2009年、明けましておめでとうございます。

毎年カゼをひきますが、今回は長引き、年末1週間、ついに年を越してしまい、
名実ともに寝正月になってしまいました。

賀状書きが遅れてしまい、先にいただいてしまった方もあり、恐縮しています。

さて、今年の賀状、案だけはたくさんつくりました。

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最初につくった案。ちょっとシンプルすぎる。そこで、

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菜の花をスケッチした絵があったのを思い出してつくったのが第2案。

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やっぱり咲き始めたスイセンにしよう。とこれを採用。

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2009年1月 1日 (木)

良いお年を

一年間、不出来で、不定期な発信に関わらずご購読いただきありがとうございました。

来年も引き続きやっていきますので、よろしく。

「千葉に土地が決まるまで」はこれからが山場を迎えます。

それから、家のプラン、設計、建築へと話は続きます。
思い、悩み、語り、走って、ついには、塗った、貼ったをやって、竣工にこぎつけるまでを書いていきます。

写真。いささかの好評をいただきましたが、もう少しうまくならないと。

皆さま、よいお年をお迎えください。

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年賀状の1案。年の初めに本番をUPします。

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2008年12月31日 (水)

600字のエッセイ

正月飾り       
 
毎年正月にやってくる親戚が来なくなった。あるキリスト教に入信したので、異教の行事には参加できないのだという。

正月は宗教行事? 国の祝祭日で、国民的な慶祝行事ではあるが、宗教行事という実感がない。調べてみると、正月神というのがいて、1月1日に降臨し、しばし人間と交わり、正月を寿ぐのだという、

どんなお姿をしているのか誰も知らない。だから知名度が低い。正月神のイメージ画像がないかわりに、正月神を迎えるし「しつらえ」は多彩で、地方により変化はあるが様式はほぼ定まっている。

都会では正月飾りは町で購うものである。年末植木屋が町の要所で門松や注連飾りの店を開き、和菓子屋が大量の餅をつき売り出す。最近はスーパーマーケットで間に合わすことが出来る。

田舎ではほとんどすべて自前の調達である。ハレの飾り物だけにふだん見かける風景とちょっと異なる非日常性を演出する。門松。太い孟宗竹をスパッと斜めに切って鮮やかな白い面を見せる。松は奥山から切り出してくる。鏡餅。年に一度の餅つき。餅の白さと重量感でどんと三宝の上に収まる。裏白は単にシダを裏返して飾るだけだがそれでも普段は見かけない非日常性の演出である。

松の内を過ぎれば、餅は鏡開きで腹に収まり、あとは全部どんど焼きで灰にして、畑に帰す、究極のエコロジーである。

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今年の正月かざり。だからネズミ。 来年のはこれから。

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2008年12月30日 (火)

600字のエッセイ

さざんか      
    
11月に訃報を受けた。青木義照氏。郵政省の技官であり、切手デザイン室室長として「奥の細道」「歌舞伎」など多くのデザインを手がけた。「観光地百選山岳部門」の切手では、自ら筆をとった。引退後、現役時代に増して画業に励まれていた。

ご縁は、技官が広報宣伝の仕事に携わっておられ、郵政省提供のテレビ番組を企画されていた折である。当方は代理店の生意気盛りの営業マンであった。よくケンカをした。叱られることも多かったが当方の意見もよく聞いていただいた。官の人に似ず自由で広い視野と大衆感覚を持っておられた。

会議は当社の赤坂オフィスで開くことを好んだ。「本省デスクでは自由に語りあえない。業者を指導している、という態度を示さないとならんのだ」と。会議が終わるとジーンズに着替え、私たちを置き去りにして颯爽と夜の街へ。

お酒の雰囲気も愛していたが、それだけではない。在職中から沢山の絵葉書をいただいている。多くは個展の案内である。きっと夜遅くにアトリエにこもって筆をとっておられたのであろう。でなければ、繊細で緻密な「野菜絵」がたくさん出来るはずがない。

花の絵、野菜の絵、山の風景。それらの絵葉書が、今や私の大切なコレクションになっている。絵葉書ファイルの最後には奥様からの年賀欠礼のご挨拶が収められている。そこには大輪のサザンカがあしらわれている。

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氏の繊細な絵を文章で表現する筆力は到底ないので、写真でその一端を。

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